eyelessfish




彼女はあまり好まない映画だろうな、と思った。
見終わってからさらに。
ぼくは好きな映画だった。
ロマンチックで豊かな映像と物語だった。
彼女がいなくてよかった。そう思った。
なんというか、
ロールケーキの最初と最後の部分だけ食べて
真ん中の一番詰まった部分を食べ逃したみたいな
そんな印象だろうな、って思う。

「あたしも好き。」
その言葉に二人ではしゃいでうれしくなって
ああ、だからぼくたち、一緒にいるんだね。
なんて、ぼくらはいつでも仲良くなれる。

けれども、本当のところはどうなのかわからない。
もしかしたら、
「あたしはそれ、好きじゃない。」
彼女がそう思っていることもあるのだと思う。

一つづつ数えて言ったらどうなるだろう。
どっちが多いのかな。


ぼくの好きなものを好きになってほしいわけじゃない。
ただ、本当に今日、
一緒にいないほうがよかったんだなあ
って決まってしまったみたいで、
少しさみしいだけ。




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おやすみ。
そう言った直後に彼女が笑い出した。
ふふふと、夜にうるさくないくらいの笑い声で。
どうしたの?とぼくがきくと、
「アヒルのボートに乗ったときのこと思い出してさ、
すごい一生懸命に漕いで、
ふざけて止まってるボートに縦列駐車して、
止めるときも出るときとも上手すぎて、
歩いている人に笑われて、
ああ、面白かったなあ。」
と、彼女は続けて言った。
動物園に併設された池で、
共通の友達と4人で乗ったボートのことだった。
「なんで今それなのさ?」
と、ぼくは不思議に思ってたずねた。
「わかんない。なんか突然思い出して。」
と、彼女はまだ思い出の中で笑ったまま言った。
「なんなんだよー。」
って、返しながらぼくは彼女の顔のほうに体を向けた。
「幸せ。」
彼女は目をつむったまま言った。
「幸せ。」
ぼくは黙ったまま言った。
「おやすみ。」





2015.12.20_12:14


人間の細胞がすべて入れかわるまでには
諸説あるけども2年から5年だそう。
ぼくは彼女と付き合い始めたときに
彼女に伝えたことがある。

「骨だけは2年くらいかかるみたいなんだけど、
他の細胞は半年もあればまるっと入れかわるんだって。
あと2年も立てば、ぼくのこと好きな細胞だけになるね。
それまで待つね。」



いつ仕事終わる?
そんなやりとりをしていたときに送った。
今思えばとっても恥ずかしいけど
はじめの頃はそんなやりとりをしている時でさえ
彼女でいっぱいの人間になりたかった。
君はぼくでいっぱいになる?
って確かめたくって仕方がなかった。
ああ恥ずかしい。


最近
彼女の過去の詳細を知ることがあって、
ぼくは本当に悔しくて悔しくて腹が立って悲しかった。
彼女を大切にできなかった奴に怒りと
その時自分のことを大切にしなかった彼女に
ぼくは怒りを覚えた。
とっても悲しかった。
その次の日くらいまでは本当に怒りがおさまらなくて
今していることいるところ、
すべて彼女の過去があることで
苦しくて息苦しかった。

みっともない日々を過ごして
ぼくはあの台詞を思い出したのだ。
2年も待たずとも彼女はとうに「変わった」
「替わる」ことはない。
彼女の過去の所々に怒っても仕方がないのだ。


少しロマンチックな面で、
ぼくはあと1年を楽しみに待っていたい。
細胞一つ一つがぼくに向いている。
愛されている細胞が生きていくところを
ぼくは見つめたいのだ。





2015.12.14_16:53




その地域で有名なラーメンを食べに行って、
出てきたラーメンに明らかに虫とわかる大きさで
ハエが浮いていた。
こってりしたスープに包まれて
どんな気持ちで死んでいったのだろうと思った。
ぼくはゆっくりとそれを箸の先ですくい取り、
受け皿に置いた。
一緒にいる友達は気づいていなかった。
約3年ぶりに会った友達。
今から食べるラーメンは美味しく食べて欲しい。
そういった願いもあり、ハエのことは言わなかった。
こんなことがあっても、
もしそれを捲し立てて怒ったとしても
このラーメン屋はつぶれないだろうなあと思った。
ラーメンは旨いし、愛想もいい。
おそらく高校生であろう女の子のチャーハンを作る
その腕も確かなもので、
中華鍋の躍動感に見入ってしまったのだから。

ラーメンを食べてから横の喫茶店に入った。
平日の夜は空いていて静かだった。
紅茶を頼み一服すると友達が、
ぽつぽつと身辺のことを語り出した。
そしてぽつぽつと身辺のことを聞いてきた。
いよいよか、とぼくはなんとなく
背筋を伸ばして座り直し話をした。

「彼の嫌なところは一つもなかったの。」
そうゆう彼と何年も付き合って始めてケンカになったらしい。
というよりも、なにかに気づいてしまった彼女が
吹っ掛けたまま、彼からの返事はまだなかった。
ケンカ未然だった。

事情は言えないけども、
大抵の人ならば感情を抑えることができないような
とても辛いことのようにぼくは思った。
静かに、少し困りながら、
さみしそうに話す彼女の顔をいくら見ていても
ぼくには彼女の本当の気持ちの欠片さえ
見つけることはできなかった。

駅まで送り届けて別れ際ぼくは、
「彼はきっと戻ってくるよ!大丈夫!」
と明るく伝えた。
あくまでもぼくが思うことだけども。

「ありがとう頑張る。」
彼女はそう言って帰っていった。

次に会うのは3年後かなあと
ハンドルをきり、彼女から遠ざかるときに思った。

心配だけども、
「あれからどうなった?」
とはお互いに聞かない、
そんな関係なのである。



寝るときに彼女に
「口がにんにく臭いよー」と言われた。
彼女はそれでもいいのと言いたいのか
ふざけてくんくんくんくんと嗅いだ。
ぼくはやめてよーと嫌がるのに
彼女はそれをなかなかやめなかった。
やっと顔を捕まえて正面から見据えると
彼女はにっこりと笑った。
何もない透明な心で。




ぼくはラーメン屋の虫のことを思い出した。
入り込んでしまった虫と気づかない店主と
気づいてしまったぼく。
誰も気づかなければそれでいい。
気づいても何も言わなければそれでもいい。

ぼくの友達は気づいてしまって、
何も言わないことにはできなかった。

けれどもラーメン屋は潰れない。
彼女も大丈夫だってぼくは思う。



あくまでもぼくが思うことだけど。






2015.12.05_22:46



彼女はたまに耳かきをしたがる。
彼女の耳かきは痛い。
決して甘いものではない。
だからぼくはあまり喜ばしくない。
綿棒でぐりぐりとほじくり練りとる感じ。
痛い。
とても痛い。
だけどぼくは髪がショートだから
耳垢はきちんとクリアにしておかないと
彼女の気がすまないらしい。
ショートがすべき身だしなみのマナーだそう。

耳かきが終わる寸前に、
耳の奥でかさっと音がした。
大物が剥がれたのだろう。
そこで耳かきは終わった。

終わってからぼくは大きなあくびをした。
右耳でちりちりと音がした。
大物が遊びの部分で転がっている。

せっかく彼女が耳かきをしてくれたのに
自分でやり直すのはどうかと思い、
ぼくはさりげなく
「さっきの耳かきで大物が取れたみたいで
まだ転がってるかもしれないんだよねー」
と小さく宣言してみた。
一応今からやり直すにあたっての理由を述べた。


彼女は鼻にかけて笑うように言った。

「自分でやってよぉ。」





まだ耳かきしてほしいと思われたんだなあ。

恐ろしい。