eyelessfish


・紙で指を切ったら喜んで絆創膏をもらいに行く
・ミスで呼び出されたらすっ飛んで謝りに行く
・喉が渇いたらわざわざ遠いほうの自販機まで買いに行く
・会える可能性が高まるなら進んで残業する
・頼られたら前のめりで役に立とうとする
・近辺の人と自然と仲良くなる
・よく会うねってニコってされたらしばらくデレデレできる
・わざわざ来てくれたときは、次の日までデレデレできる
・連勤なんて我慢できる
・もし、会えた時の台詞を用意している
(ちゃんと言えたことはあまりない)
・仕事がはかどらない
・仕事のモチベーションが跳ね上がる時もある

けれども、
心から舞い上がってしまうようなレスポンスは、
月に1回くらいしかない。

それでも、
そうやって憧れていたい。

日々の生活に埋もれていると、
きっとぼくのことなんか忘れてしまう。
だけど思い出したときに、
ああ、あの子。って、
ほっこりしてもらえるくらいの存在でいい。


もっとうっかりしないと。


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2018.04.10_19:11



髪がすごく長くてきれいな人がいて、
ぼくはいつも見惚れていたものだけど、
ある日その人は突然、
その髪をばっさりと短く切ってしまった。

50代くらいだと思うけど、
細くてつま先で立っているみたいに軽やかな人。
お顔も美しく、目は切れ長でクールな印象。

話したこともなかったけど、
昨日初めてぼくがお客さんで話す機会があった。
切れ長のちょっと鋭い目は、
接客中は笑顔の中に隠れていた。

ぼくは心の中でたずねた。
「どうして、髪、切っちゃったんですか?」
そんなことは知る由もない。
また、どうして切ってしまったのか、
その人以外、知る由もない。

馬の尻尾を切ってしまったぐらい、
ぼくはショックなのに。

色んなことがあって、
それで手にしちゃった色んな荷物を
ぎゅっとぎゅっと押し込めて、
抱えている大人が多い。

どうやったらそれを少し見せてもらえて、
少し分けてもらって、
手助けができるのか、
考えてみるけれど、
なかなか方法は見つからない。

あなたの重荷を少し見せてくださいと頼んでも、
驚いて警戒するだろう。




長い髪は、身軽になるために下ろした荷物の一つだったのか。








誰もがズバリと解決できない問題があって、
次から次へと話を聞きつけた人がやってきて、
あーでもないこーでもないと言い合っていた。

その中で一人だけ淡々と仕事をしていた人、
その人こそが
ぼくの一番のお気に入りの人物だった。

その人は普段通りに日頃から行っている仕事を、
時間通りに手順通りに行っているように見えた。

意外な一面だった。

この人は人々がわちゃわちゃしているとき、
(わちゃわちゃっていう?)
一歩引いたところで見る人なんだなあと。

聞いているのかすら断定できず、
もしかしたらその最中は全く聞いていないのかもしれない。
少し静かになったところで口を開き、
「で、どうなった?」
と、結果を聞いてそれに従うスタンスなのだろうか。

おっとりしているとも言えるし、
ちゃっかりしているとも言える。
そういったところが憎めない気もする。

こちらが困るというか照れるくらいの積極的な一面があるのに、
ひどく受け身な所があるのだ。

ひと回り以上年上だし、
ご結婚もされているし、
ぼくが特別に思うことも、
ぼくを特別に思うこともないのだけど、
お気に入りの人がいるだけで、
ぼくは仕事が楽しい。

きっとぼくはひと回り以上年下だし、
私が特別に思うことも、
私を特別に思うこともないのだけど、
お気に入りの子がいるから、
ちょっと寄ろうかしらって思ってくれているのはわかる。

機会があったら伝えてみよう。
見当はずれかもしれないし。
実はすっげえ聞き耳立ててたりして。笑
それならそれでも、
お気に入りはお気に入りだからお手上げだ。
何も覆せない。

で、その問題は一体どうなったの?








『人のセックスを笑うな』の中古本を
0時前の閉店間際に買いました。
遅くまでやっている本屋さんに感謝しています。
自分ではどうしようもなく持て余している気持ちの行き場が
きっと深夜の本屋のどれかの本にあります。
いつもならカバーをおつけしますか?
と聞いてくれるのに、
カバーは何も言わずにつけてくれました。
その店員さんの本日の最後の客が、
しかもぼくのような見た目の人間が、
タイトルがタイトルである本を買っていくなんて、
さぞ心が乱れたことであろうと思います。
買取額がクーポン持参で10%アップになります。
ぜひ読まなくなった本がありましたら
お売りくださいませ。
その台詞は一字一句正確でありました。
とても丁寧な対応で、
本が好きな人だと思いました。
その本をじっくり味わってくださいね。
と、言われたみたいでした。

久しぶりに映画を観て
原作が読みたくなったのを、
帰り際思い出したので
ぼくはレンタル屋を通り過ぎて、
書店へと向かったのでした。
帰ったらトイレに行って、
ズボンをまたきちんと履いて、
もう一度便座に座って買った本を読みました。
小一時間で読み終わりました。

ユリちゃんのような女性のことが知りたかったのに、
気になったのはみるめ君の気持ちで、
今日仕事で、
突然態度が変わってしまった学生君の気持ちがわからなくて、
何がいけなかったのだろうとずっと考えていました。
何が気に障ったのかいまだにわからないけれど、
ぼくも若い頃、
突然気分が悪くなって無性にイライラしたり、
かっとしたり、
悲しくなったりしたことが多かったことを思い出しました。
彼が繊細なんだと思い、
悪いことをしたなと思うし、
ちょっとだけ傷ついたなあという気持ちに対して、
こんな風に許してあげられるけど、
チクっと痛い気持ちになるんだなあと
大人の痛みが少しわかりました。
もうこれからは、たやすく人を傷つけたりしないよう、
許す側に徹していこうと思いました。
彼はきっと自分が大切にされていないと思ったのかもしれません。
そんなことないのに。
頼れるからほかっておいたのになあ。

映画も原作もユリちゃんはユリちゃんでした。
もしもの人生が並行して進んでいくような
パラレルワールドみたいな違いでした。
一緒にいても一人でいられる人と、
会えなくても終わりじゃなくていい人と、
そばにいたい人は色々いて、
あれもこれもとはいかないのだと思いました。

とても下手な例えですけど、
すっごいうまいケーキを何度も買えるだけ買って食べ続けるより、
美味しかったな!っていうひと時の幸せな気持ちが
心の中でずっと残っているほうがずっと幸せだと思うのです。



あまり心を開かない人がきゃっと笑うと、
猫がはじめてゴロゴロ言ってくれたときのように
すっごく嬉しくて、
かわいいなあと思ってしまいます。

「においがしないから、違うと思う。」

その台詞も、
猫か!と裏付けたくなる台詞でした。

人の心を考える今の生活、
面白いなあと思っています。









にやけてふわふわしたこの感じはーーーー
錯覚だと思っています。
だから今度確かめるために
3秒くらい正面から見つめてみようと思います。
照れてしまってろくに顔を見ていないから、
よく顔を見てみてそれでもやっぱり、
そこから逃れたいくらいにそわそわしたら、
錯覚じゃなくて本当なんだと思います。
本当だったらどうしようかな。
でも何が本当なのかな。
どこに本当があるんだろうな。
あ、そうだ、
最初で最後だったから、
どこにも本当なんてないんだったなあ。
ふわふわだけで幸せな感じをひと時でも
共有できたらいいのに。
今度からはとっても優しくて甘くて
それだけの存在でいたいです。
急に呼び出されてただ横にいるだけとか、
そんなだけでいいのにな。

なんだかするすると紐を解いてくる人がいて
簡単にぼくは紐を解いてしまいました。
優しく巻いて受け止めてくれたけど、
その手を少し強めて引っ張ってくるような、
そんな人だと思ってちょっとドッキリしました。
あんまり引っ張られないようにしなきゃ。

ふにゃふにゃです今。